★原発のない社会を目指すネットワーキングニュース★

アサツユ ☆2001.7.9 第120号☆


●脱原発福島ネットワーク.アサツユ編集委員会● 
いわき市鹿島町久保於振1-2、TEL.FAX0246-58-5570 
カンパ120円  /郵便振替. 02190-1-11731 佐藤和良 

 89年事故の第二原発3号機、ステンレス材SUS316Lでも亀裂?

  炉心シュラウドに最大1.4mの亀裂!
         全炉心を停止して総点検が必要だ!

■東京電力は7月6日、定期点検中の福島二原発3号機の炉心シュラウド本体にひび割れを発
見したと公表した。ひび割れは、シュラウド下部リング(厚さ10cm、幅27cm)の外周に断続
的に見つかり、最大で長さ1.4。に達しているため、今後、炉心燃料を抜いて超音波による調
査を行い、原因究明と対策を検討するという。
■シュラウド亀裂問題は、前回、福島第一原発2号機で1994年に発見された際は、全局ひび
割れだったが、脱落防止金具を取り付け運転した。しかし応急対策では安全性に限界があり、
応力腐食割れの原因となるステンレス材質SUS304で作られた炉内構造物をSUS316Lに交換
するという史上前例のない炉心の入換え工事、大被曝作業が強行された。これを1997年5月
から1機あたり交換工期300日で、プルサーマルを予定した第一原発3号機から、同1・2・5
号機と順次進めてきた経過がある。
■SUS304の材質に問題があるのでSUS316Lにシュラウドやジェットポンプ、上部格子板、
炉心支持板、炉心スプレイ配管などを交換してきたはずだ。しかし、福島二原発3号機の炉
心シュラウド本体の材質はSUS316Lではなかったのか。SUS316Lでも、亀裂が入るとすれ
ば、経年劣化と応力腐食割れが他の炉心にも拡大波及することになる。亀裂の状況によって
は、運転と耐震性に大きな影響を与える。今回の警告を無視してはならない。全事業者と政
府は、早急に全炉心を停止し、シュラウドなど炉内構造物の総点検を行うべきである。
■私たちは、97年から『シュラウド交換によるシステム全体としての安全解析、1機240億
円以上というコスト、労働者の被曝線量評価、放射性廃物の対策など、全ての情報公開』を
求めてきたが、不十分なまま、作業員の大量被曝が進行してきた。第一原発3号機でのシュ
ラウド交換による従事労働者数は2000人で、労働者の被曝総線量は13人SVとされている。
この数字は、94年度の日本の原発での総被曝線量の20%に達し、一人当りの平均被曝線量も実に6.7倍。被曝影響評価をゴフマン報告に照らして算出すると、3〜4人が確実にガン死、全員が免疫機能低下に陥るというものだ。
●運転開始23年の独・ビュルガッセン原発は交換
をキャンセル・安全性・経済性の両面で廃炉になっ
た。30年をこえはじめる福島も無視できなくなった。


 原発の耐震指針、23年ぶりついに見直し 安全員会

国の原子力安全委員会は、原発の「耐震設計審査指針」を23年ぶりに見直すことになった。
●1995年の阪神・淡路大震災の2日後、原子力安全委員会は原子力施設耐震安全検討会を設
置し、「耐震設計審査指針」を検討したが同年9月「現行指針類は妥当」と報告。メンバー
に原子炉の専門家もおらず、国民の意見も聞かず、大震災を教訓とするどころか「安全」を
宣言するために、実証的検討のない現状追認だった。
●福島原発は、頻発するトラブルや原子炉の炉心シュラウドのひび割れなど老朽化が進行中。
福島原発の近くには、双葉活断層があり、1938年にはマグニチュード7.7の福島県東方沖地
震も発生している。地震予知連は、原発が集中する福島県東部を近い将来マグニチュード
7クラスの地震が起きる可能性が高い地域として「特定観測地域」に指定。1987年の福島沖
地震では、福島第一原発1・3・5号機が自動停止したものの、燃料集合体が地震で揺れ核反
応が急上昇する設計想定外のトラブルも発生した。
●福島原発10基は最強地震176〜180ガル、限界地震265〜270ガルの設計値だが、阪神・淡
路大震災は最大加速度800ガルに達した。しかも第一原発1〜6号機は現在の耐震設計審査指
針ができる前につくられたもの。わたしたちは、『原発は直下型の大地震に耐えられない』
と行政や事業者に対して老朽化した原発の耐震性の検査や耐震設計指針・評価の見直し総点
検、大地震による原子力災害に備えた防災体制の確立を求めてきた経過がある。
●昨年の鳥取西部地震が想定以上の規模だったため、今回の見直しになったというが、最新
の知見を取り入れ、国民の意見も聞き、納得と安心が得られる見直しを進めてもらいたい。

島田恵写真展 みはる〜六ヶ所村・核の遺産と人々〜を終えて一

 アサツユでも紹介していただいた「島田恵写真展」を無事開催することができま
した。写真展には県内各地から約80名、講演会には40名の方が来てくださいました。
写真展会場は古い蔵を改造したレストランの2Fのイベントホールで写真の展示に
は苦労しましたが、落ち着いた、とても良い雰囲気になりました。講演会もやはり
古い民家を会場とし、床の間の壁いっぱいにスライドを写し出しました。
自分が住む小さな町での初めての取り組みでしたので、原発や核燃のことをよく
知らなかったり、運動に関わったことのない方々が多かったのですが、熱心に写真
に見入り、島田さんの話に耳を傾けてくれました。アンケートには「今まで、:遠い
ところでの出来事だと思っていたが、自分の問題として考えていきたい」という意
見が多くありました。
私と母親の二人だけで企画した写真展だったので力不足でしたが、島田さん自身
や事務局スタッフが展示をしっかり手伝ってくれました。またチラシを配ってくれ
たり、会場に花をいけてくれた友人達もいて、何とか無事終えることができ、うれ
しいです。遠いところ足を運んで下さった皆さんに感謝いたします。そして何より、
10年間苦しみ迷いながら六ヶ所村に住み続け撮り続けた島田さんと1枚1枚の写真に
対して尊敬と感謝の気持ちでいっぱいです。(武藤類子)

インフォメーション

2001ねん満月祭(太鼓と精霊の祭り)8月1日〜5日獏原人村
        出店者募集中:(7/15締切)連絡先/双葉郡川内村下川内遠山1 風見
<ワークショップ><ゲストライブ> 参加費1500円/原則+キャンプ、ドームハウス1泊1000円


今年も東電の株主総会に出席してきました  郡山市 根本正子

 福島県の原発は10機すべて東京電力のものです。そして、東電は国内の電力会社でエネルギー供給最大。
国政と大きく関わり合ってきている存在ですので、その動きは重要です。この株主総会には全国に株主運
動という市民運動があってさまざまな提案が毎年出されています(300株以上から株主提案ができます。)。
今年は株主787名、提案株主持株数計486,OOO株による提案でした。
 勿論可決されることはあり得ないのですが提案理由を述べる機会か与えられますし、何しろ役
員はじめ会場の関東圏の株主(1,000名以上位?)に聞いてもらえる絶好の機会。発言内容によ
っては一般の株主からも賛同の声が出るときもあります。都内は勿論、時には新潟、福島県、青
森、福井等からの発言も。また世界の真新しい情報をもとに、役員に問いただす場面が多いので
他には待られない情報が。(今回もイギリスの再処理工場のガラス固化体についてトラブルかあ
って東京電力はお金は払うが、製品?は何年先になるかわから底い状況にあることがあばかれま
した)、そんなことから私は過去何回か出席だけはしてました。
●でも今年は橿島県(知事)が変わった!ことを地元の人間に伝えてもらいたいという要請が
ありて私も潅することに(清水の舞台から飛び降りる気持でした)当日、東京電力の説明の
中では」福島県のことも刈羽村のことも全然出ません。だから私の話は会場の皆さんシンとして
聞いて下さうたようでした。その夕、NHKラジオでこの総会の報道があったとのこと。発言の
甲斐がありました!
●次に発言内容の要旨のみ掲載してみます。
 [福島県の佐藤知事は我が社(東電)と国への不信感をはっきりと表明し今後1年かけて県独
自の原子力政策の見直しをすると表明。
 これは単に我が社の発電所建設凍結を怒ってだけのことでは無い弓とははっきりしています。
民報新聞の6/6の知事独占インタビューでは「国の原子力政策は発想が硬直化している。」とか
「東海村の臨界事故の翌日、いわき市の保健所には青ざめた顔をした市民が並んでいた。これを見
てもプルサーマル計画についても県民の理解は全然進んでいない」とか「現在ある10機の原発
を基盤として自立的な進行を考える時期に来ている」と述べています。刈羽村でプルサーマル!
ノー!の結果が出たように福島県も県民も意識は大きく変わってきていることをことを深く認
識して市民から信頼を得られる方向に変わるべきです。また、原発増設を見込んでの122億円の
漁業補償の無駄、プルサーマル実施のための郡山駅ビルの科学館への30億円の寄付。必要なも
のだったのでしょうか?
 お金漬けにすれぱ理解が得られると言う時代はもう終わりです。
 東海村の事故で私たちは安心して薯らせると言うことがどんなに大事か見てしまったのです
から。「水を飲むときその井戸を掘った人を想って飲め」と中国の故事にあるそうですが、株主
の皆さん、電気を使うとき、30年もたった老朽化した源発を抱える福島県民、
子どもの未来に不安を持つ親の気持ちを考えてみて下さい。東京湾に原発がで
きたとしてあの長崎原爆と同じプルトニウムを燃やすプルサーマル計画を、皆
さんは受け入れようと思うのでしょうか?是非考えてみて頂きたいのです]。



Kの私憤(その7)
  私のこだわり
        ジェンダーフリー

     佐々木慶子(福島市)

ジェンダーフリー(性に左右されない、
性差別のない生き方・社会)に関するこだ
わりにっいては、前に触れた"男女混合名
簿"の他にたくさんある'
差別用語として、"父兄"はその筆頭で
あろう。"親"のことを"父と兄"とは「こ
れいかに?」「母はどこに?」である。こ
れはまさに母=女を無視・差別した典型的
な例と言える。

 前「大日本帝国憲法」(通称「明治憲
法」)の下では、天皇を頂点とした天皇制・
国家主義が貫かれ、「家父長制度」によっ
て、家父長に絶対的権限を与えて、国民を支
配したことは言うまでもない。女性は、「家
制度」の下、家父長(父)に従順に育てら
れ、嫁しては夫(家父長)にかしずき、舅・姑
を看取り、老いては子(長兄)に従う生き方
(三従の教え)を強いられたのである。すな
わち女性には財産権・選挙権・決定権など与え
られず、夫亡き後の財産は長男子に受け継が
れ、”三界に家なし"であった。女性は子孫繁
栄のための道具のように扱われたのである。
このように女性差別をすることによって、封
建的支配体制を維持したのである。

 敗戦によって、現「日本国憲法」が制定
され、主権在民・恒久平和・基本的人権が
確立され「家父長制度」は解体されている。
 以後、婦人参政権(1946)、売春防止法
(1956)、「女性差別撤廃条約」(1986)、「男女雇用機会均等法」(1986)、「育児休業法」などが批准・制定され、名目上の平等化は大きく前進している。しかし、戦前からの家父長文化は、あらゆる分野に根強く残っているのも事実である。その流れをくむのが、"男女別学"であり、そのもとになっているのが"男女別名簿"なのである。


差別用語は女性に限ったことではないが、
女性差別を払拭することによって、あらゆ
る差別をなくしたいのである。

私が"父兄"ということばにこだわり始め
たのは、かれこれ10年以上前からである。
その当時は、何の抵抗感もなく、"父兄"
"ふけい””フケイ"と日常茶飯事に使われて
いた。職員会で発言し、印刷物の中にその
文字を見つけると"保護者"と訂正してもら
い、周りで耳にすると「えっ?今、父兄っ
て言わなかった?」と聞き返して気がつい
てもらい、「あんたとはしゃぺらんに」とま
で言われたことがあった。しかし"広告塔"
になってしまったら、周りも根負けしたの
か、自分から訂正したり、別の人のをたし
なめてくれるようにさえなり、楽になった
ものである。新聞社やテレビ局などマスコ
ミにもその都度、訂正の申し入れをしたも
のだった.もちろんこれは、私だけのこと
ではなく、全国的な運動になっていたとい
う背景がある。最近は、"父兄"という文字
や言葉は少なくなったとは言える。しかし、
日常の話しことばの中には、今だに生きて
いる時があり,絶滅宣言にまでは至ってい
ない。

現在の社会の"ゆがみ"[戦争・紛争、核
武装による抑止、競争・序列主義、放射能
汚染、環境破壊、経済破綻…]は、男
中心社会が作り出したものと言える、裏を
返せば、男女平等の社会実現こそ全ての課
題解決につながるキーワードと言えよう。

平和・人権・安全な環境が守られること
こそ、私たち、そして子どもたちの明るい
未来に不可欠なものと確信している。その
ために私は、"真の男女平等"の実現にこだ
わっているのである。その時、嫌われても
疎まれても、私はこれからも、したたかに
"ジェンダーフリー"の小さくてもいいから
広告塔であり続けるつもりである。5年後、
10年後、どこでも、誰にも、主張できるこ
とを信じて・・
今日も私は、授業のひとこまに、差別用
語について、話をしてしまった。


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