★原発のない社会を目指すネットワーキングニュース★

アサツユ ☆2002.1.10 第126号☆


●脱原発福島ネットワーク.アサツユ編集委員会● 
いわき市鹿島町久保於振1-2、TEL.FAX0246-58-5570 
カンパ120円  /郵便振替. 02190-1-11731 佐藤和良 

脱原子力は未来への力

国・事業者は、再処理工場建設を中止せよ!

新年あけましておめでとうございます。

●2001年、プルサーマルが止まり、福島県のエネルギー政策見直しが始まりました。見直しに県民の声を反映させようとエネルギー政策市民検討会も発足し、検討を始めています。脱原発の流れは、着実に進んでいます。全国でも新潟県刈羽村のプルサーマルの是非を問う住民投票に続き、三重県海山町での原発新規誘致の是非を問う住民投票でも、脱原発の声が大きく前進しました。

●一方、昨年11月の静岡県浜岡原発の2つの事故は、老朽化問題を大きくクローズアップしました。推進派の安全神話はここでも現実の前にもろくも崩れ去り、水素爆発という新たな衝撃的事実も判明しました。監督官庁や事業者は、またもや、その場しのぎの対策や場当たり的対処法で事態を乗り切ろうとしています。しかし、いまや廃炉が現実となる時代に入ったといえます。

● こうした中で、国と事業者は破たんした核燃料サイクル路線・再処理工場建設にしがみついています。電力自由化の荒波の中で、電事連は原発推進のための新たな公的補助を、電力線使用料や炭素税の導入などの形で政府に求めようとしています。これは、事業者自身が「原発は高あがり」と認めたことです。そして、経済的には成り立たない原発事業の延命のために、高い電気料金ばかりか、新たな公的資金=税金の投入によって国民に負担を強制しようというのです。

●また、新年度予算には、あろうことか学校教育の授業で原発推進を進めるための予算付けを行いました。地球環境の時代を担う子供達にとって、循環型社会とは何かを知り、自然エネルギーや省エネなどを促進する環境教育こそが重要です。人と環境を傷つけ、国の財政も悪化させる原発の推進教育を行うことは、犯罪にも等しいことです。このような愚かな行為は止めるべきです。

●21世紀の幕開けが、テロと戦争であったからこそ、「脱原子力」は未来への力たり得ると思います。エネルギー政策の転換は、 100年後の日本、子供たちの未来をきめる大きな選択です。今年も着実に一歩一歩歩んでゆきましょう。

2002年1月10日   アサツユ編集委員会


第2回エネルギー政策市民検討会報告

「闇からの声を聞く―被爆労働の実態と国・事業者の責務」

   講師:藤田佑幸  報告:石丸小四郎

 「闇からの声を聞く」原発で働く労働者の立場から、放射能被爆の実態と、被爆への事業者と国の補償、責任について藤田佑幸さんと石丸小四郎さんから話があった。
 ところで、藤田佑幸さんは、慶応大学で強弁を執る先生なのだが、伊方や六ヶ所等の全国のさまざまな行動の現場に、必ずと言っていいほど登場し、かつ国内は言うに及ばず、チェルノブイリの問題など国際的にも行動する大変な方なのだ。
 藤田さんは、原発の三大問題として、原発の大事故、放射能廃棄物、その中でもなかなか運動になりにくい、原発内で働く被爆労働者の問題について取り組んでいる。
 現在、国や電力会社がしきりにエネルギー確保や地球温暖化に名を借りて、原発誘致や、プルサーマル燃料の実施などに血眼になっているが、その実態の裏で、原発で働いた30万人の労働者の存在については、全く語られていない。
 今回の講演の中で、なかなか表に出てこない原発で働く労働者の実態を垣間見た。被爆労働者についてわからないことが多く、原発の増設やプルサーマル問題に比べても、それへの意識は低い。
 私の住んでいる福島県の中通り地方では、周囲に原発がないので被爆労働者についての実感はないが、原発のある浜通り地方では、会話の中で原発労働者について話す事があると、話が重くなる。
 しかし現在、老朽化し、高濃度の放射能で汚染された原発で働かされる原発労働者の被爆問題は、今まで以上に大きな問題とされないで闇から闇に葬り去られようとしているのか。
 原発での被爆労働の実態は、原発が動き始めた時期の70年代は原発での事故が相次ぎ、放射能被爆が多かった。その後減少傾向があったが、30年近く稼動してきた原発は、老朽化と蓄積された放射能の汚染はひどく、しかし、放射能汚染にひどい現場での安全対策は取られていない。
 シュラウド交換など、被爆がひどくおよそ人間が入れないようなところには、海外からの労働者を入れて密かに作業が進められたという。アメリカからきたヒスパニック系の人たちで、作業終了後は当然帰国したが。その後彼等がどうなったかは闇の中である。
 普通の作業でも、放射能の除去は、雑巾で放射能を拭き取るという作業から始まるという。しかも、その作業が一番多く被爆する作業だという。そして、一定以上被爆するとお払い箱になるという、使い捨ての労働なのである。
 原発労働者の担い手は、下請け、孫請けで働く労働者であり、原発で働く地元の労働者の問題以上に、出稼ぎで来る労働者の問題はその存在すら闇の中。寄せ場と呼ばれている山谷、釜が崎、寿町などの地区から手配師などの斡旋でつれてこられ、被爆した労働者については仕事が終われば、追跡調査など不可能で、たとえ、放射能被爆が原因で、ガンや原発ブラブラ病になっても補償も何もなく、仕事ができなくなれば路上生活者となり、野垂れ死となってしまうという。しかも被爆労働者の実態は、原発関連業者側の恩赦や圧力のために、まったくと言っていいほど明らかになっていない。
 当然電力会社は被爆労働者の存在には消極的で、放射能被爆の補償は皆無であり、闇の中で野垂れ死んだ多くの労働者でもって、原発産業が成り立っているという、原発は差別構造の中で存在している。
 藤田さんは、横浜の寿町で、原発労働者の聞き取り調査を実行した。しかし、その実態を調べてもなかなか話が進まない。
 反原発運動をする側も、主婦はどを中心として行っており、被爆労働者の問題を掘り下げて取り組むまでに至っていない。現在、寄せ場で組織している”日雇い全協”(注:全協=全国労働者協議会=労働組合)では、「原発へ行くな」とのスローガンを掲げ、被爆労働を拒否し、原発を止めることを決議した。これ以上、被爆労働者を出さないためにも、原子力政策からの撤退と、いままで被爆した労働者への国家補償への取り組みが必要となっている。
 そのためにも闇からの声を聞く事であり、被爆労働者についての聞き取り調査を実施し、被爆の実態を被爆による影響を調査し、発病すれば労災が適用されるような被爆手帳に準ずるものを作っていく必要がある。さらに、被爆労働への法的規制の取り組みなど、安全衛生の強化をより充実していくことである。
 これら避けて通れない問題の取り組みを提言していくことを確認しました。             (熊坂記)

インフォメーション

エネルギー政策市民検討会一今後の予定

 *第3回「エネルギーの未来-地球温暖化と自然エネルギー」
   
1月20日(日) 午後1時30分/ 郡山市 ホテルラフィーネ郡山
    講師:大林ミカ(環境エネルギー政策研究所副所長)
       都筑健(自然エネルギー推進市民フォーラム理事長)

 
*第4回「生命は守れるか一原発震災・原子力防災と国の責務」
   
2月17日(日) 午後1時30分/ いわき市 平市民会館
    講師:山本定明(元名古屋大学アイソトープセンター)

 
*第5回「原発老朽化に耐えられるか-浜岡の教訓と福島」
   
3月17日(日) 午後1時30分/ 双葉郡内
 
*第6回「地域をどう再生するか一原発と県・立地地域の今後のあり方」
   
4月21日(日) 午後1時30分/ 双葉郡内



く ぬ ぎ 平 た よ り

第16回 2002年

     古川眞智子 

●2002年があけました。
お久しぶりです。
お変わりありませんか?

●では、また。と、ペンを置いたのが、2000年の11月。それから約1年。この世の中の変わりようはどうしたことだろう。明るい話題がみんなかき消されてしまうような、そしてもっと大事なこともすべてかき消されてしまうような、そんな世の中になってしまったような気がする。

●昨年9月のテロ、それに続くアメリカの報復攻撃。なんて人間は、戦いの好きな愚かな動物なんだろう。

●あの日、小泉総理が報復だ、報復だと騒いでる時、私の頭には昨年の未来博で友だちになった自衛隊の青年の姿がすぐに浮かんできた。彼は、今20代後半。礼儀正しく、思いやりのある青年で家族をとても大事にしている。そしてまた、日本の国もとても大事にしている愛国心の強い青年だ。「後方支援」彼は、どう言う気持ちで聞いただろう?そして、家族を大事にしている彼の思いは・・・。

 あゝおとうとよ、君を泣く、
 君死にたまうことなかれ、

 末に生まれし君なれば
 親のなさけはまさりしも、
 親は刃をにぎらせて
 人を殺せとをしえしや、
 人を殺して死ねよとて
 二十四までをそだてしや。

有名な与謝野晶子の「君死にたもうこと勿れ」の中の1文である。
 “親は刃を握らせて、人を殺せと教えしや、人を殺して死ねよとて二十四まで育てしや。” 私も子を持つ親になって、この言葉はとても重く心に響く。我が子を戦場に向かわせたい親がどこにいよう。国が変わっても親の思いは変わらないだろう。それなのに一国の長たる者、軽々しく報復などと口にしては、ならないのだ。

  …
   すめらみことは、戦ひに
   おみづからは出ませね
  

そして1番先に犠牲になるのは我々普通の人々ではないのか。

●考えてみれば、昭和26年生まれの私は、まだまだ戦争の色の濃く残っている時代に生まれていたはずなのに、まるで戦争の戦の字も知らないような顔して育ってしまった。それでも、まだ私は父に戦争がいかに愚かなことであるかを小さいころから教えられてきたが、戦争での手柄話を得々と話すような人達がいた事も確かだ。本当に戦争の反省をしてきたのだろうか?

●4年前、私は市の女性の翼という研修でベトナムを訪れる機会があった。その時、心に焼きついたのは戦争博物館で見たアメリカの行った枯れ葉剤投下に彩られたベトナムの地図と、戦争孤児や枯れ葉剤で障害を持ってしまった子供たちの施設だった。

●アフガンの子供たちに募金を…。とやることは、人として大事なことだと思うが、その一方で、何百万、何千万できかない金が弾薬として、兵器としてものすごい環境破壊を伴いながら今日も使われていることを忘れてはいけないのだ。

●う〜ん、お正月なのに、久しぶりのたよりなのに、暗い思い話題で終始してしまった。

●…、あれから椚平には仲間が1匹増えた。
雄の子猫である。名前はエミュー。そう!大熊原発で飼っているダチョウの仲間の鳥の名前である。私はこの山こそダチョウが住むにはふさわしい所と思っていたのだが、これ以上変わった物を飼われちゃならないと思った夫が、ネコのその名をつけてしまったのだ。このエミュー、5ヶ月の子猫の割にはなかなか見所のある猫で、もう小鳥を1羽と、ネズミ匹を捕まえてきた。

●しかし、昔の人はよく言った物で、「猫なで声」「猫を被る」を、実感している今日この頃である。私もこれからは、少しは猫被ってみようかしら。


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