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遠藤ヶ滝

福島県 大玉村安達太良温泉の奥 

    
ふくしまの遊歩道50選に選ばれた。遠藤ヶ滝遊歩道に行って見ました。
駐車場の遠藤ヶ滝不動尊案内図には、赤不動まで徒歩5分 遠藤ヶ滝まで徒歩20分 (沢歩き遊歩道)

遊歩道といっても革靴やハイヒール等ではちょっと危険です。不動尊を祭ってありちょっと神秘的でした。

(撮影日 2003年10月25日訪問)

2008年6月8日再訪しましたら、昨年の台風の影響か木々が倒れて遊歩道は通行止めになってました。三日月の滝までちょっと様子を見てきましたが当分通行止めは続きそうな感じでした。

福島県安達郡大玉村玉井字前ヶ岳

お問い合わせは大玉村役場 0243-48-3131 

   
遠藤ヶ滝 紅葉の渓谷
三日月の滝
三日月の滝は扇型の見事な広がりを見せていた。(2008年6月8日 再訪)
紅葉の渓谷 紅葉のピークが過ぎた安達太良山
新緑の渓谷 (2008年6月8日 撮影) 不動堂の隣に石の不動明王像が、その光背は炎のように赤く彩られ、その色から「赤不動」と呼ばれている。
   
2007年、朝日新聞に夢枕獏氏の『宿神』が連載されその中で遠藤盛遠が取り上げられていた。そんな伝説を紹介しますね。

【以下は大玉村のホームページからのコピーです。】

はるか昔、承安(1170年代前半)頃の物語。

遠藤時遠の息子に盛遠という若武者がおった。盛遠には源渡(みなもとのわたる)という親友がおり、源渡の妻は袈裟御前(けさごぜん)と呼ばれた絶世の美女であった。盛遠は渡の家を度々訪れるうちに袈裟御前をいとおしく思うようになった。ついにその想いを袈裟御前に打ち明けるが、袈裟御前は我が夫を思い、一人悩む。そして、袈裟御前は自分さえいなければという考えに陥っていき、一方の盛遠は渡さえいなければと思うようになっていった。
ある時、袈裟御前は訪ねてきた盛遠に「夫は今夜酒に酔って高殿で寝ている。」と語りかけた。それを聞いた盛遠は自分の想いが通じたと思い込み、夜陰に紛れて寝所に忍び込み一刀の下に首を斬り落とした。ところが、よくみるとその首は夫の身代わりとなって寝ていた袈裟御前のものであった。悲しみのあまり盛遠は俗世を捨て仏門に入り、修行の道に救いを求めた。
名を文覚と改め熊権現に誓い、那智滝で千日間の荒行を修め、山伏となって全国の霊地を巡歴した。盛遠はやがて陸奥にやってきて、杉田川を渡ろうとした時川面にカーン・マーンの梵字が浮かんだのを見て、上流に不動明王のおわす事を悟り深く渓谷に分け入りついにこの滝を見つけ、傍らの石室に篭(こも)りながら荒行を修めたところである。以来この滝は遠藤ヶ滝と呼ばれるようになった。



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