☆鉄兵伝説☆
鉄棒伝説


衝撃の器械体操部
PART1鉄棒競技 秘技−大車輪?

昭和62年春

ある不安を胸に・・・
春期体操競技会に我々体操部のメンバーは出場した。
部員は5名と少人数ではあったが、なんとか部活動はがんばっていた?
体操競技というものは、個人競技なので人数は少なくても平気なのであった。
しかし、致命的な問題があったのだ。それは、鉄棒・・・・。
競技的には1人ずつやるので問題はないのだが、練習方法には問題が生じていた。
それは、鉄棒を立てることができない。つまり、練習ができないということであった。
(6人いないと鉄棒の組み立ては不可。)
そして、我々は練習をしないまま本番を向かえる。
試合前、我々は控室で軽いミーティングを行い、演技についての最終的な打ち合わせを行った。
鉄棒に関しては、とにかく上にあがって(棒の上)前周り・後ろ周りそれでも物足りないなら足掛け周りをしようと、みんな一致団結した。
各高校の鉄棒を見ると大車輪やテレビで見るような技も目の前で見ることができた。
そんな大技を見ても我々部員には、目に入らなかった。
誰もが不安になっていた。

我々高校の出番が来た。
先頭をきって演技をしたのは、我が体操部期待の男「K.W」であった。
彼はミーティングとおり、逆上がりで上って前周り・後ろ周りを披露した。
僕は、正直言ってかっちょわり〜!と思っていた。
よし、俺はそれにプラスして足掛け周りもやってやろうと決めた。
いよいよ、出番がやって来た。
通常は鉄棒が高い為、背の低い選手は他の選手が鉄棒に手が届くようにサポートしてくれる。
僕は、背が低いのだがジャンプして鉄棒にぶら下がろうとしていたので、サポートを拒否した。
そして、ジャンプした。しかし、鉄棒を触れることすらできなかった。
着地した瞬間。我が高校の部員は容赦なく笑っていた。
慌てて後輩を呼んで(苦笑い)サポートしてもらった。
これが、単なる序章だとは知らなかった。
鉄棒にぶら下がり、僕はとりあえず振り子のように振り始めた。
振りというのは、基本的に規定に準ずる技だ。
しかし、大抵の選手は振りから蹴上がりへとつながって行く。
僕は振りながら技のイメージを考えていた。
振りから上がり、我が高校の基本技でFinish。
振りが大きくなり、まるでブランコのようになっていた。
今だ!(振りが最高峰に達したとき)と思い私は上に上がる準備をしたが、失敗だった。
難しい!そんなはずは・・・。練習をしたことはなかったが、人のを見るとすんなりやっているので簡単だと思っていたのが大間違いだった。
やばい!と思ったが、まだ僕には逆上がりがあった。
とりあえず、振りをやめて逆上がりをする状況(静止)をつくり、逆上がりをはじめた。
やばい!逆上がりができない。
それもそのはず、地面を蹴っての逆上がりはできていたが足がつかない状況での逆上がりは初めての挑戦であったのだ。
まるで木の上でもがくサルのような状態だった。
これは非常にまずいと思い、前の高校の選手がやっていた蹴上がりを思い出した。
仕方ないと思い蹴上がりに挑戦したが、当然できなかった。(2回はやった)
再び僕は振りを始めた考えていた。「上がることができなければ、何もできない!」
振りの向きを変えたりして考えていた。
仕方ない、これだけはやりたくないと思ったが・・・・。僕は振ることを止めた。
それは、懸垂であった。(スポーツテストでは、満点だったので自信があった)
懸垂で体を上げ、左腕。右腕と棒の上にあげることが出来た。
「よし、もらった!」と思った瞬間。
鉄棒の上からある光景が見えた。(人よりかなり高いところなのでかなり眺めはいいはずなのだが)審判が笑っているではないか・・・。
僕は我に戻り、今の自分の姿を見た。すごく間抜けだった。
もう耐えられなくて、自ら着地した。そして、一応Finishのポーズをとった。
我が高校のメンバーは大笑いしていたが、他校の選手は我慢していたのか呆れていたのかわからなかったが、シーンとしていた。間違っても感動していたはずはないが・・・
点数は「0.0点」。最悪であった。
僕の次にやった後輩は、振りだけで「0.5点」もらった。
あとでわかったのだが、振りも規定のうちだから0.5点はもらえたはずだったのだが、
僕の場合は技が汚くなって、0.5点までも引かれてしまったらしい。
この屈辱をバネに練習をした。
次の大会では、逆上がりをマスターして、前周り・後ろ周り・そして足掛け周りも披露した。
この技が、僕にとっての "大車輪"であった。
ちなみに、この技でも「0.5点」であった。
 当時、清風高校であった池谷くん・西川くんは、はるか彼方の存在であった。

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